味噌工業協同組合の歩み   醤油工業協同組合の歩み
第23期〜第25期 第26期〜第30期 第31期〜第35期 第36期〜第40期 第41期〜第45期
第46期〜第50期        

 
▼第23期(昭和50年4月01日〜昭和51年3月31日)
  福井県醤油味噌工業協同組合の設立
 醤油・味噌両組合合併後の最初の事業年度となる。
  醤油製造業者の衛生講習会
 県環境衛生課及び保健所主催の醤油製造業者を対象とした衛生講習会が、昭和50年4月18日福井保健所に於て開催された。当日はサッカリンの使用規制を中心とした添加物を主とする指導講習会であった。
  (この年7月にサッカリン使用規制が大巾に緩和された。)
  八木理事長・県政功労者の受賞
 昭和50年5月3日、当組合理事長八木六蔵氏は、産業振興の功労により県政功労者として、中川県知事より表彰された。(定時総会の際、組合より記念品を贈呈)
  合併後、初の定時総会開催
 本年4月合併後、最初の定時総会は、昭和50年5月31日神明神社儀式殿にて行われた。醤油・味噌両組合の第22期決算報告書をそれぞれ承認可決、続いて新年度の事業計画案及び収支予算案を審議の後、役員の改選を行い下記諸氏が選任されて就任す。

 理事長   八木 六蔵(フク醤油(株))
 副理事長  新谷 孝
       木村九郎右エ門(北陸醤油(協業))
 理 事   牧野 文隆(マルチュウ醤油(株))
  〃    山元 浄次
  〃    伊東 俊広((株)山さきや)
  〃    多田 健治((株)米五)
  〃    梅谷与三郎(梅谷味噌(株))
  〃    岡松 幸雄
  〃    竹田 赳造
  〃    吾田 英一
  〃    渡辺  恵
  〃    黒田 武雄(東部醤油(株))
  〃    杉谷 又助
  〃    河崎宇右エ門
  〃    中村荘太郎((有)中村商店)
  〃    大谷 尚(員外・常勤)
 監 事   古村 喜正
  〃    高柴 秀俊(高柴味噌(株))
なお総務・技術・福利厚生の委員は理事長に一任。
  業務塩運搬費の会計処理変更
 本年度より業務塩のプール運賃及び区外配達料の支払分全額を、運搬費として(従来は不足額のみを運搬費として)計上し、会計処理を変更することとなる。
  かめのこ会の発足
 定例役員会の席上、技術委員会と別個に若手後継者を育成するための経営技術研究会(仮称)の設立提案があり、協議の結果早急に会員募集することとし技術委員会に一任。50年8月19日同会の設立総会が開かれ、会長に木村征夫氏を選出した。21日に名称(かめのこ会)規約・毎月の例会開催を決定した。(以下別項参照)
  認定工場の業務説明会開催
 昭和50年10月22日からの認定工場(福井・山元醤油・大野・竹田醤油・山元醤油)及び県検査所の調査に引続き、JAS認定工場の業務に関する説明会を開催した。当日の講師は宮城検査官及び前田専任検査員。
 (註)50年3月19日にも認定工場説明会開催・講師は仲村・浅山・前田の三氏。
  西部土地区画整理終る
 かねてより実施中の西部土地区画整理が完了し、換地後の敷地が下記のとおり決定す。
  学園2丁目605 310.58平米( 94.12坪)=旧235.47平米( 71.35坪)
  学園2丁目607 360.50平米(109.24坪)=旧657.97平米(199.38坪)
  合    計 671.08平米(203.36坪)=旧893.44平米(270.73坪)
 右減歩後、精算金100,775円を支払う。
 また行政区画地番の変更による住所は
  福井市学園2-605となる。
  矢部美雪さん退職
 昭和50年12月30日を以て職員矢部美雪さんが退職。昭和23年4月より27年9ヶ月の永きにわたり、組合職員として鋭意組合業務に精励して、その職責を全うされたことに心から敬意を表したい。
 なお、1月14日開催の定例役員会の席上、記念品を贈って永年の労を謝した。
  輪入小麦の価格改正
 政府は食管特別会計の赤字縮小のため昭和51年1月20日より輸入小麦の売渡価格を約20%引上げることを決定。(51.1.30の買受価格は100瓩に付5,655円)
  労働(経営)の講習会開催
 労務改善事業(集団指定)の講習会を昭和51年2月27日下記により開催した。
 “不況下における労務管理と賃金について” 向陽商工(株)専務 向井 正成氏
  塩価改正直前の買受申込
 政府の51年度予算案の中に塩価の改正(4月1日より約90%の値上げ見込)が織込まれているとの情報により、3月分の買受申込は年間平均買受数量の約30%に達し、そのまま共同買受申込書を提出した。予想されたとおり元売(福井塩業)からの到底応じかねるとの回答で、専売公社と再三接渉の結果は全国的な需給調整を理由に、買受申込に対する約35%の数量が決定した。当時の専売公社の資料によると、売上高約230億円に対し48年度17億円、49年度120億円、50年度は183億円となり、51年度では売上高と同額の約220億円の赤字が予想されるという。塩の消費者価格が昭和28年以来23年間据置きとは言え民間企業では到底考えられないようなことが現実としてあることは実に驚愕の一語に尽きる。
 従来の買受比率は原塩7、並塩3であったが3月分は原塩と並塩が等量となり、その配分については大部苦労させられた。協議の結果、買受数量の70%は49年度実績比で、残量30%は当該3月分の申込比により配分することに決定した。こうして一波乱生じた塩価改正は予定より遅れて昭和51年6月1日より実施されることになる。(価格改正については後記)
  前組合末期の大波乱 現組合誕生の苦しみ
 当組合が25年前に、誕生するに至った経過については、我々県内の業者にとって、忘れることが出来ない大きな試練があった。本書発刊に際して、後世の為にも、現在可能な限りの記憶をたどり、残れる資料を綿密に紐といて書き残したい。そして先人が、この業界を愛するが故の、血の滲む、寝食を忘れての御尽カを偲びながら、感謝の念を深くいだくものである。
 時は戦後の大混乱から、次第に平穏な時期に移行しつつあり、軍国主義から一転して、男女同権、民主々義が言葉の端々に出てくる時代であった。衣食も漸次、市中に出まわりかけていた。醸造原料については、統制経済から僅かながら、自由経済に移りつつある時であった。
 巷には、物量もてあます進駐軍が、町内をジープで疾走するという中で、我々醸造家も、米国の支配下におかれた。裏には米国経済の日本支配という、大きな圧力によって、豆、麦の需要国の日本という目標の定着をねらって計画され、その中で、我々業界はアップルトン司令官の指導下となった。特に彼は、醤油、味噌の担当者として、米産コンミールの普及にあたった。
 問題の発端はここにあった。
 昭和25年、原料買付けが不自由な状況の中、一部の役員は、農林省食糧庁に直接交渉して、コンミールの価格引下げに成功した。その手腕に、組合員一同、感謝した。その背景には、当時まだ原料統制のもと、組合員は原料確保に血まなこになり、組合役員も又、他県よりも優位に買付けるため、各地に奔走することが、最も大きな役目であった。
 その後農林省の指示により醤油用輸入原料の放出が許可され、同時に協会斡旋による商工組合中央金庫よりの融資も決定して、輸入大豆ミール400トンと大豆の購入資金に2,550万円を商工中金より借入れることになった。400トンという数量は、県内業者の1年分に相当するもので、各企業からの申込数量にもとづくものであった。その裏には、売って儲ける考えがひそんでいる人もいた。
 又、味噌用大豆買付けのため、北海道まで長期にわたって出張し、多額の経費を費消することとなった。
 先の大豆ミ−ルの現物が、福井に入荷する頃には、経済事情が一変していた。ミールが市中に充分出廻っており、価格も大暴落で、買付値の半値にまでさがった。しかも大量のミールだけに、組合は窮地に追い込まれた。組合員は予約申込みしたのであるが、損を見こして、誰もこれを引取ろうとはしなかった。当時の役員は、責任上自己の申込分を引取らざるを得なかった。
 買付け時は統制経済末期で、政治家が入り乱れ、現物の入荷時は自由経済に突入という、予想の出来ない悪条件が重なった。組合では連日役員会が開かれ、暗雲ひくくたれ込める、やりきれない雰囲気であった。
 引取り手のない現物は、日を追って被害が大きくなるので、多額の差損を覚悟で、東京の某商社に売りはらった。悪いことは重なるものである。売って処分した頃より、ミールの相場は上向いていった。
 この事件と並んで、今一つ複雑な事件が発生した。当時豊島町にあった味噌工業(株)の土地を、その土地上に公団(組合)が建っていたため、これを買取る話が進められていた。売買の約束が出来、理事長は土地代金を支払った。しかし登記をしなかった。そして土地明渡しの裁判となったが、これでは勝てるはずがなく、結果は敗訴で大きな負担を背負った。
 「よわり目にたたり目」の諺のごとく、種々の悪条件が重なって、完全に打ちのめされた。しかも放置していて解決するものでなかった。次第に整理処分の段階に進行していった。決算の結果は、欠損金、約800万円と決定的な数字が出てきた。その処理方法が連日協議され、その結果、四分六分の六分、500万円を役員で、残りの300万円を組合員で負担することが決められ、役員は最低額として30万円もあわせて決定した。
 そして昭和28年8月20日、福井県醤油味噌工業協同組合は、清算業務を残して解散した。
 ここで、これらの清算業務について、忘れてはならない2人を紹介する。その1人は、清算代表人となられた藤野義雄氏である。藤野さんの物静かで円満な人柄は、組合員から厚い信望があった。又、すぐれた頭脳と判断、そして清潔で、ことに当って非常に熱心であることから、どうしても藤野さんにお願いする外に道はなかった。理事であった藤野さんは、本事件の発生とは全く関係はなかったが、福井中学時代に、大橋弁護士と同級であったことから、何かにつけて便利である、ということもあった。今1人は組合職員の大谷尚氏である。当時、27、8で、この仕事にたずさわって4、5年の大谷さんは、事務能力は抜群で、綿密な頭脳の持ち主であったが、ことが法律に関する新らしい仕事だったので、大変な苦労だった。加えて、役員間の人間関係がからみ、組合員相互の考え方の相違から、中に立って苦境に立つこともしばしばあった。
 藤野さんは組合員宅を一軒一軒、県内くまなく負担金割当の消化の依頼をして歩かれた。その他の清算人も寝食を忘れて努力され、精神的にも、肉体的にも限界に近かった。
 又、組合市税の滞納について、差押予告通知をうけた組合が、その実情を説明し、市税の免除を嘆願する坪川市長あてのものも残っていた。
 各企業に割当てられた債務は、前記のように組合事務が清算業務に入っていたので、企業ごとに商工中金と貸借関係を新らたに結んでいった。負担金の一例を上げれば、理事の松村氏は、毎月2万円を足掛け4年にわたって返済につとめた。組合員のフク醤油が23万円、梅谷氏16万円と、当時としては大金を捨てるような気持で返済していった。
 このような悪戦苦闘の末、13ヶ年の歳月を経て、昭和41年、漸く清算を完了した。工業協同組合として、味噌の方は原料米の関係から、昭和28年12月早急に設立し、事務所を米五商店内に設けた。醤油は少しおくれて、昭和29年3月設立し、フク醤油内に仮事務所を設けた。昭和53年秋、清算に寝食を忘れて取り組まれた藤野義雄氏は、81才の長寿を全うされた。現在の脈々と活動している組合の陰には、この偉大な業績を残された藤野氏を忘れてはならない。
 以上簡単にその経過をたどってきたが、今日ここに至って、前組合の悪態をさらす気持で書いたものでは毛頭ない。又当時の先輩を中傷すべきでない事は百も承知である。しかし事実は事実として、可能な限り忠実に残すことが、これから業界を担う方々にとって何よりの教訓だと思う。元来、醸造業は地味な職業であり、思惑で投機に走る事が如何に危険か、身近かに経験したのであるから、これより良い見本はない。唯、今日では時間も相当経過し、充分記憶をたどれなかったこと、又、取材する能力が不足することから、皆さんに正確にお伝え出来なかった事を許していただきたい。
  福井県におけるしょうゆ、みその今昔
 県内での、しょうゆ、みそに関する歴史が時とともにうすれつつある今日、何らかの形で少しでも残しておこうということで座談会を催した。「すまし」がしょうゆの通用語であった頃から、現在の「しょうゆ」に完全に移行した。その間には技術的にも企業的にも大きな変化があった。今日、その貴重な歴史を残しておこうと、県内業界の長老に集っていただいた。以下がその紙上録音である。

出席者(イロハ順)

勝 山 市    石畝 岩七 (73オ)
三 国 町    梅谷与三郎 (77オ)
武 生 市    杉谷 又助 (90オ)
福 井 市    牧野忠兵衛 (67オ)
福 井 市    八木 六蔵 (70オ)
福 井 市    山元 菊丸 (70オ)

司会者 木村九郎右ヱ門

 
▼第24期(昭和51年4月01日〜昭和52年3月31日)
  北陸地区醤油技術研修会の開催
 昭和51年4月16日福井市文化会館に於て、日本醤油研究所福崎幸蔵氏を講師として北陸地区醤油技術者研修会を開催。当日は富山、石川両県からも多数出席あり、盛会裡に研修会を終えた。
  相次ぐ諸原料の価格改定
 新年度に入り、破砕精米、塩、輸入小麦が相次いで価格改正された。5月10日より破砕精米が11%、6月1日より大口塩が90%、7月1日より政府払下げ小麦が18%と値上げされた。
 破砕精米 1トン当り 151,900円(旧価格136,800円)
 原  塩 1トン当り  23,500円(旧価格 12,700円)
 並  塩 1トン当り  27,500円(旧価格 13,200円)
 輸入小麦 1トン当り  63,360円(旧価格 56,650円)
  業務塩の運搬費について
 昭和38年7月大口塩の共同購入開始以来、その配達料は組合会計の中で処理してきたが、総経費に対する運搬費の支出率は約11%(昭和50年度決算)に及び、その軽減につき協議の結果、同一地区内での15屯引取りなど運賃軽減の協力を組合員に依頼す。
 (註)本年度の配達は数量で区内83%(72%)、金額で77%(59%)、塩1トン当りの運送費は1,790円(2,090円)となりプール運賃引上げにもかかわらず大巾に軽減された。
注( )内は前年度。
  しょうゆモニターを委嘱
 全国醤油工協連は今後の消費者ニーズに対応するため、しょうゆモニターを選定することとなり、本県でも組合員の紹介による“モニター”36名を昭和51年8月選定委嘱し、しょうゆに関する第1回アンケートを実施した。右アンケートはモニターの協力により全部回収したが、びん(1.8リットル入)で生産者又は食料品店等で購入する者が85%で量販店での購入は6名。 又1ヶ月1人当り使用量は総平均で0.6リットル、品質重視で特級・上級の購入者が80%を占め、無添加醤油を希望するものが約15%あった。
  JAS認定工場(未調査)の調査
 JAS認定工場(浜田醤油・猪瀬醤油・杉谷醤油)の調査後、昨年に引続き説明会を開催、現在まで未調査の認定工場については当該工場の記録状況などの個別調査を実施す。
(昭和51年10月22日、宮城検査官及び前田専任検査員による)
  原料米の価格引上げ
 味噌用原料米(内地米)は9月1日より9.9%、破 砕精米は11月1日より約9%値上げされた。今回の価格改正によって約2年間で(改定明細)約2.2倍となる。
 水稲うるち玄米(三等) 49.9    75,000円
            49.10   99,000円(32%)
            50.5   129,700円(31%)
            50.9   153,900円(19%)
            51.9   169,150円(10%)
( )内は値上げ率 51.9/49.9        226%
  醤油の価格改定
 昭和51年12月より醤油1.8リットルに付40円(小売価格50円見当)の価格改定が行われたが、昭和49年2月以来の値上げとなる。
  第1回醸造技能試験の実施
 昭和52年1月16日第1回醤油醸造技能者認定試験が全国一斉に行われた。県内受験者の試験は同日当組合で実施されたが、試験内容は学科、実技、面接の3部門につき行われ、合格者には技能者認定証並びに技能者章が交付された。
(第2回の認定試験は同年8月に実施されている。)

 
▼第25期(昭和52年4月01日〜昭和53年3月31日)
  土曜半休の実施
 本月の役員会に於て決定した事務局の半休は、4月30日(土)より職員交替にて実施。
  創立30周年の富山県醤油味噌工協組
 創立30周年を迎えた富山県醤油味噌工業協同組合の記念式典が、昭和52年5月20日名鉄トヤマホテルにて開催され、木村副理事長が出席。北陸ブロックの一員として衷心より祝福したい。
  しょうゆゼミナール開催
 昭和52年5月23日婦人青年会館にて“しょうゆ”ゼミナールを下記により開催した。
 1、県内産醤油の展示と官能テスト
 2、“高血圧と塩分”       栄養改善普及会会長  近藤とし子氏
 3、映画“味を演出するしょうゆ”
 4、“しょうゆの正しい知識”   全国醤油工協組連合会 佐伯 正参氏
  欠員理事の選任
 昭和35年5月以来組合理事として、永年組合の運営に尽力された黒田武雄氏が逝去(昭和51年10月13日)され欠員となっていた理事の選任を、第24回定時総会(昭和52.5.31)にて行い、下記のとおり選出される。
  理 事  高橋与八郎(東部醤油(株))
  東海北陸ブロック会の開催
 国鉄ストのため延期となった東海北陸ブロック会は昭和52年6月23日、芦原・有楽荘にて開催し約40名が出席し、翌日今立町の越前和紙工場及び大本山永平寺を見学。
  醤油及び味噌の市場調査
 量販店における大手メーカーの醤油(味噌)廉売が依然として継続されている現状に伴い、県内の特売状況などの市場調査を行い、7月開催の役員会に於て当面の重要課題となっている市場の安定につき協議す。
 また東海北陸ブロック会では毎月流通委員会を開いて協議するなど、業界挙げての検討にもかかわらず、決め手となる施策を見出せない現況では、量販店のしょうゆ廉売解消による市場の安定は、残念ながら大部先になりそうな感じがする。
(註)10月の定例役員会で流通小委員会の設置を決定。
  八木理事長・全国中央会より表彰
 昭和52年9月21日、金沢・実践倫理記念館にて開催された中小企業団体中央会全国大会に於て、当組合理事長八木六蔵氏は、組合功労により同会長より個人表彰を受ける。
  第1回米まつりに参加
 日本の最近における食糧事情は海外からの食糧輸入に依存している反面、米については国内での需要を充分満たす供給量があるにもかかわらず、食生活の多様化に伴いその消費量は年々減少し、政府も余剰米対策に苦慮するような現状である。昭和52年5月、福井県、食糧事務所、農協中央会など30近い関係団体が結集して“福井県米消費拡大推進協議会”を設立、米の消費拡大と需給均衡を強力に推進することになった。同協議会事業の一環として10月8日、9日の両日第1回米まつり(旧だるまやにて)を開催、県内産みその展示と即売コーナーによる販売を行った。世界的に穀物の需給事情が楽観を許さない現況とは言え、原材料用米穀の大巾な引下げなど、大量の余剰米を抱えた政府の抜本的な施策が望まれる
  モデル組合の指定
 中小企業団体中央会が小企業者組合の振興を図る事業として設定の、52年度小企業者モデル組合の指定(福井県指定4組合)を受け、補助金交付により教育情報の提供、成果普及事などを実施。(福島、石川(大野)、鳥取、大分4県組合も指定さる)
(註)当組合では“くみあい文庫”の設置、“組合案内”の作成などを行う。
  組合運営の強化
 第25回定時総会には醤油・味噌両組合合併後、初の役員改選が行われるため、過去3ヶ年の運営上の諸問題検討と今後の組合運営の強化が、総務委員会(昭和53.3.7)に於て提案され、富山、石川両県組合の構成、運営状況などを報告。その後の役員会にて役員構成、収支関連事項などにつき協議、広く組合員の声を聞くべく新年度早々地区ブロック会を開催する予定。

 
第23期〜第25期 第26期〜第30期 第31期〜第35期 第36期〜第40期 第41期〜第45期
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